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/《敬老の日のアリス》

「はぁー……、幸せだぁ」

　朝倉純一は１年以上も他に邪魔をする者のいない我が家
のリビングで自堕落な溜息を吐き出す。

　今日は３連休の中日。

　神が賜うたこの暦に感謝しつつ、純一はごろごろと
ソファーの柔らかさを堪能する。
#NEXT

　――ピンポーン

　そんな純一の安らぎを邪魔する玄関のチャイム。

「ったく、なんだよ……。新聞なら間に合ってるぞ？」
#NEXT

　――ピンポンピンポンピンポーン

　ゆっくりと身体を起こす純一にチャイムがたたみかけて
くる。

「だぁーっ！　わかったよ、誰だっつの」

　純一が一人暮らしになってからというもの来客の相手は
限られる。
#NEXT

　それこそ、バナナわんこか胡散臭い悪友ぐらいなものだ。

　どちらにしてもただじゃおかない。

　そんな決意をしながら純一はサンダルに履き替えると、
勢い良く玄関の扉を開ける。
#NEXT

「誰だっ！　俺のシャングリラを邪魔する奴ァ！」

「っ！……」

「あ、アリス？！」

　目の前にはチャイムに指を掛けながら大きく目を見開い
ている恋人の月城アリスが立っていた。
#NEXT

music bgm_alice

「……こんにちは、先輩」

　チャイムに掛けていた手を胸元まで持ってくるとアリス
は静かに挨拶をする。

「よ、よぉアリス。驚かしちまってすまなかったな」

「平気、ちょっとびっくりしただけだから」

　苦笑を浮かべながらアリスが答える。
#NEXT

「で、どうしたんだ？　今日は俺の家に遊びに来る予定だっ
　たっけ？」

　ふるふる、とアリスは首を振る。

「今日は、お願いがあって来たの」
#NEXT

「お願い？　ふむ、ここで話すのもなんだし……。
　そうだな、ちょっと散歩でもしながら話そうか」

「はい、先輩」

「よし、それじゃあちょっと待っててくれ。身支度だけ
　してくるからさ」

　アリスの首がこくこくと縦に動く。

　純一の準備が整うと、ふたりは散歩に出かけた。
#NEXT


「で、お願いってなんなんだ？」

　桜公園を散歩しながら、隣を寄り添うように歩くアリス
に尋ねる。

「明日の、敬老の日の事なの」
#NEXT

「ん？　あー、そっか明日は敬老の日なのか」

　敬う老人が特にいない純一はすっかり失念していた。

「先輩……」

　純一を見つめるアリスの目がすーっと細められる。
#NEXT

「じょ、冗談だって、あはははは……。まぁ、それはさて
　おき、アリスは敬老の日に何かするのか？」

　誤魔化しながら、純一は話題を元に戻す。
#NEXT

「はい、実は日頃お世話になってる瀬場さんにお礼……と
　いうか何か感謝を伝えられる事ができないかと思って」

「おー、なかなかいい考えじゃないか」

「それで、先輩にも……、一緒に手伝って欲しくて」

　もじもじとしながら、アリスは純一を見上げる。
#NEXT

「ん？　別に構わないぜ。むしろ大歓迎だ」

　瀬場さんには純一も何かとお世話になっている。

　それに、アリスの方からなにかに誘ってくれることが純
一は嬉しかった。
#NEXT

「それで、何か具体的にやることが決まってたりするのか？」

「まだ、決まってないの……。私こういうの初めてでよく
　わからないから……」

「つまり、手伝うってのは一緒に考えるのもコミなワケだ」

　アリスは少しバツが悪そうに頷く。
#NEXT

「うーんそうだな……」

　純一は顎に手を当てながら考える。

　贈り物が一番手っ取り早いが、そもそも瀬場さんの喜び
そうな物を純一は知らない。

　たとえ知っていたとしても、経済的、時間的観点からな
かなかに厳しい戦いを強いられるだろう。
#NEXT

「なぁ、瀬場さんってアリスの身の回りの世話をずっとし
　てるんだよな？」

「はい、私がここのお屋敷に来てから、毎日」

「じゃあさ、瀬場さんが日頃やってくれている事をアリス
　がやってあげればいいんじゃないか？」
#NEXT

「……？」

　アリスの首が右に傾き……そして、左に傾く。

　動きに合わせて耳元のイヤリングもゆらゆらと揺れる。
#NEXT

「……言い方が悪かったな。つまりはだな、お屋敷の掃除
　をしたりとか、瀬場さんにご飯を作ってあげたりとかっ
　てことだよ」

「それ、いいかもしれない……。ありがとう、先輩」

　にっこりとアリスが笑う。
#NEXT

「よし。じゃ、その方向で」

「はい、そうしましょう、先輩」

　決まってしまえば、話は早い。

　そのまま、散歩を続けながらふたりは当日の算段を続け
た。
#NEXT

　その後、散歩からの帰り道はアリスの希望で商店街に寄
る事になった。

「レコードでも買うのか？」

「ううん、ちょっと本屋さんに寄りたくて」
#NEXT

　本屋に立ち寄ると、アリスは数分もしないうちにお目当
ての本を手に入れたらしく、店から出てくる。

「何の本買ったんだ？」

「明日のために、“おもてなし”の勉強できるもの」
#NEXT

「ふーん。じゃ、帰ろうか、アリス」

「はい、先輩」

　そのまま、純一達は商店街を抜けて、月城邸の前までやっ
て来る。
#NEXT

「先輩、今日は付き合ってくれてありがとうございました」

　ぺこりとアリスが頭を下げる。

「なんのなんの。本番は明日だろ？　俺は明日昼過ぎに行
　くから、瀬場さんにもそう伝えといてくれ」
#NEXT

「はい、わかりました。それでは先輩、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。それじゃあな」

　お屋敷の中に消えていくアリスを見送ると、純一も自宅
へ帰った。
#NEXT

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　そして、いよいよ当日。

　純一が月城邸に向かう為に玄関を出ると、休日には最も
会いたくない男が、不敵を通り越して不適な笑みを浮かべ
て立っていた。
#NEXT

music bgm_dotabata

「杉並……、おまえどっから湧いた」

「おいおい、そんなイケズなことを言ってくれるな、Ｍｙ
　同志・朝倉よ」

「うるせぇ、俺はこれから用事があるんだ。おまえに構っ
　ている暇はねーよ」

　純一はそのまま杉並の脇を通り抜けようとする。
#NEXT

「それは月城邸で催される事に関係があるのだろう？」

「おまえ、何故それを……？！」

「ふんっ、風のウワサというヤツだ」

　杉並が腕を組みながら偉そうに胸を張る。
#NEXT

「しかし、水臭いではないか、朝倉よ。セバスチャンを慰
　労したいというのなら、何故この俺に声をかけない」

「えー……だっておまえ面倒くさいし」

「言ってくれるな。だが、あれほど広い屋敷、月城嬢とふ
　たりだけでセバスチャンの仕事をこなせるとでも思って
　いるのか？」
#NEXT

「そりゃあわかんねぇけどさ。できる限りはやるつもりだ」

「であれば、だ。この俺を助っ人として連れて行くべきだ
　と思わんか？　思うだろう？」

　杉並はしつこいキャッチセールスのようにまくし立てる。
#NEXT

「あーもう、わかったよ。俺とアリスの邪魔をしないなら
　好きにしろ」

「おうよ。流石朝倉、話がわかるではないか」

「はぁ……、かったりい」

　ご近所に行くだけなのに、何故こんなにも疲れなければ
ならないのか……。
#NEXT

music bgm_after

「朝倉様、杉並様、ようこそいらっしゃいました。わざわ
　ざご足労頂きありがとうございます」

　月城邸に着くと瀬場さんがいつも以上に恭しく迎えてく
れる。
#NEXT

「いや、わざわざだなんて」

「そうだぞ、セバスチャン。今日は我々からセバスチャン
　のセバスチャンをやりたいと言い出しのだからな」

　杉並がグッと瀬場さんに親指を立てる。
#NEXT

「おふたりにそう言って頂けると、恐縮です」

　瀬場さんがまた一段と深々と頭を下げる。

「こんにちは、先輩。と……、杉並先輩？」

　少し遅れてアリスが現れる。
#NEXT

「あぁ、悪質な客引きに捕まってな」

「いいではないか、俺も月城嬢の立派な友人なのだ。それ
　に、人手はあった方がいい」

「そうですね。ありがとうございます、杉並先輩」
#NEXT

「皆様、奥の方へどうぞ」

　瀬場さんが中へと勧めてくれる。

　部屋まで行くと、先行していたアリスがティーセットを
持ってくる。
#NEXT

「お嬢様、そのような事この私が……」

「瀬場さんはいーの！　先輩たちと一緒に座っていて下さ
　い」

　やや覚束ない所作でカップを配るアリス。

　それをあわあわと心配そうに見ている瀬場さん。
#NEXT

「ふっ、まるでお爺さんと孫ではないか」

「そうだな」

　それからアリスが淹れてくれた紅茶をみんなで飲む。

「うん、美味しいよアリス」

「うむ、けっこうなお点前ではないか」
#NEXT

「ありがとう……ございます。でも、これはほとんど瀬場
　さんが準備してくれたものだから……」

「そんなことはございません。お嬢様が淹れてくださった
　お茶ですから、皆様お褒めくださっているのです」

　瀬場さんも美味しそうにカップを傾ける。
#NEXT

「さて、いつまでもお茶を飲んでいるわけにもいかないな」

　一息ついたところで、純一達は早速作業にかかることに
する。
#NEXT

「朝倉様、私にお手伝いできることはありませんかな？」

　ソファーから立ち上がる純一に瀬場さんがすかさず声を
かける。

「いえ、大丈夫です。今日は俺達だけで、手際が悪いなり
　にやってみますから」
#NEXT

「そうですか……。では、なにかありましたら、お声をお
　掛け下さい」

　純一は瀬場さんに頷くと、アリスたちに向き直る。

「俺とアリスは、とりあえず掃除から始めようかと思うけ
　ど、杉並はどうする？」
#NEXT

「俺か？　俺は別行動だ。セバスチャン、ちょっといいか」

「はい、なんでございましょう」

　ふたりで何事か小声で会話をすると杉並は怪しい笑みを
浮かべながら屋敷の奥へと消えていった。
#NEXT

「なんだ、あいつ……。ま、いいや。俺たちも行こうか」

「はい、先輩」
#NEXT

　手始めに手間の掛かりそうな水周りから、と考えた純一
であったが――

「で、でかい……」

　目の前の戦場（フィールド）の広さに思わず嘆息を漏ら
す。
#NEXT

　お金持ちというやつはどうしてこう広い風呂場をこしら
えたがるのか……。

　答えは簡単、“自分では掃除しない”からだ。

　アリスがいてくれてよかった。

　流石にこの広さをひとりで掃除するには時間がかかり過
ぎる。
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「このお風呂って、他の使用人の人も使ったりするのか？」

「いえ、私だけですよ。それがどうかしましたか？」

　きょとんとした顔でアリスが答える。

「さ、さいですか……」
#NEXT

　確かに、ここからはアリスの匂い――正確にはアリスの
使っているシャンプーの匂いがした。

「じゃ、ちゃっちゃとやっちまおうか。アリス、デッキブ
　ラシとかスポンジとかってどこにある？」

　風呂場の状況を確かめながら、純一は後ろにいるアリス
に尋ねる。
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「え？　えーっと……」

　後ろで戸棚を開閉する音が聞こえる。

「こちらでございます」

　いつの間にか純一の手は洗剤とスポンジ、足元にはデッ
キブラシが置かれていた。
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「お、サンキュ……って、あれ？　今、瀬場さんの声がし
　たような……」

　振り返ると相変わらずアリスが戸棚を開け閉めしている
だけで、他には誰もいなかった。
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「アリスーっ、見つかったから始めよう。俺は壁とか高い
　ところをやるから、アリスは床とバスタブを頼むよ」

「あ、はい。今行きます、先輩」

　それからふたりでせっせと風呂場を磨き上げていく。
#NEXT

「それにしても、これだけデカイ風呂、一度は入ってみた
　いもんだぜ……っと」

　背伸びをして、少し高いところにあるライト周りを磨き
ながら純一が漏らす。

「それじゃあ、今度入りに来ませんか？」

「え？」
#NEXT

　アリスの唐突な提案に、純一は思わずアリスの方を振り
返る。

「先輩がお泊りに来てくれたら、入れますよ……その、一
　緒とか、でも……」

　アリスはその色白な顔を桃色に染めながら、純一を見つ
めている。
#NEXT

「そ、それは……」

　確かに、この広さならふたり一緒に入浴も可能だろう。

　しかしそれは、ふたりとも生まれたままの姿同士という
ことなワケで……――
#NEXT

「お、おう、……また今度な。それより、そこにある洗剤
　を取ってくれるか？」

「はい、せんぱ……――」

　純一の方に踏み出したアリスが足を滑らせて大きくバラ
ンスを崩す。

「きゃっ！」
#NEXT

「アリスっ！」

　純一はアリスを受け止めるようと体を伸ばす。

　が――

「……っと」

　際どいところからアリスは体勢を立て直す。
#NEXT

「な、なにぃ？！　とっとっと、どわぁ！」

　肩透かしを食らった形になった純一は思いっきり壁に激
突する。
#NEXT

「あ、朝倉先輩？！」

　慌ててアリスが寄ってくる。

「どうかなさいましたか？　お嬢様、朝倉様」

　アリスが声を上げてから数秒もしないうちに瀬場さんが
風呂場に現れた。
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「いやぁ……面目ない」

　頭に氷嚢を乗せながら純一はソファーに腰を掛ける。

「幸い、裂傷はございませんでした。小さなコブは出来て
　しまうかもしれませんが、冷やしていれば平気でござい
　ましょう」

　慣れた手つきで、瀬場さんは救急箱の蓋を閉じる。
#NEXT

「ありがとう、瀬場さん」

「いえ。それでは替えの氷嚢をお持ちしますので、しばら
　くお休み下さい」

　そのまま、瀬場さんは部屋から出て行く。
#NEXT

「大丈夫ですか、先輩」

　隣に座っているアリスが心配そうに純一を覗き込む。

「ん？　ああ」

「……ごめんなさい、私のせいで」
#NEXT

「まぁ、自爆だから気にするな……」

　気恥ずかしさを隠すように、純一はぼりぼりと頬をかく。
#NEXT

　少ししたところで、瀬場さんが氷嚢を持って戻ってくる。

　氷嚢を取り替えると、純一は立ち上がる。

「さて、そろそろ再開しようか。お風呂場も中途半端になっ
　ちまったし」

「はい、行きましょう、先輩」
#NEXT

「恐れながら、お嬢様、朝倉様……」

　部屋を出ようとしたところで瀬場さんのすまなそうな声
に呼び止められる。

「差し出がましいとは思いましたが、お風呂場の掃除は私
　の方でさせていただきました……」
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「そうですか……。それじゃあ、次はお屋敷の窓ふきとか
　を」

「申し訳ありません。お嬢様や朝倉様にこれ以上何かあっ
　てはと思いまして、心苦しくはあったのですが既に私の
　方で全てさせていただきました……」

　瀬場さんは本当にすまなそうな顔をしている。
#NEXT

　純一が部屋を出て廊下を見回すと、床や窓、壁に至るま
で冗談抜きで光り輝いていた。

　まさに、完璧な掃除。

「なん……だと？」
#NEXT

　純一がこの部屋で治療を受ける前より綺麗になっている
ということは、さっき瀬場さんが部屋を空けている間にこ
れは実行されたということだ。

「これ全部、瀬場さんが？」

「はい、月城家の執事たる者、造作もないことでございま
　す」

　月城家の執事、恐るべし……。
#NEXT

「もう、瀬場さん！　今日は私がお手伝いするって言った
　のに！」

　ぷっくりと頬を膨らませながらアリスは腰に手を当てて
いる。

「申し訳ございません、お嬢様」

　少し困った顔で平謝りする瀬場さん。
#NEXT

　まるで、初めてのお手伝いを邪魔された子供と思わず手
を出してしまった保護者のような絵面。

　実に微笑ましい光景ではあるが、そろそろ助け舟を出し
あげないと瀬場さんがかわいそうだ。

「まぁ、いいじゃないかアリス。掃除はもう終了ってこと
　で。次は別のことするんだろ？」
#NEXT

「むーっ……。そうですね、先輩」

　アリスの抗議から解放された瀬場さんがほっと胸をなで
おろしている。

「瀬場さん、お願いが一つあります」

　アリスがもう一度瀬場さんに向き直る。
#NEXT

「はい、私にできることであればなんなりと」

「瀬場さんは……、しばらくぶらぶらしてください！」

　ピシャリと言うと、アリスは瀬場さんの背中を押す。
#NEXT

「か、かしこまりました、お嬢様。それでは、朝倉様、お
　嬢様をお頼み申します」

　それだけ言うと、瀬場さんは部屋から強制的に押し出さ
れていった。
#NEXT

「時間を作ったってことは、その間に夕飯を作るのか？」

「はい。よくわかりましたね、先輩」

「ま、定番といえば定番だからな」

　それから瀬場さんが外出していったのを確認してから、
純一とアリスはキッチンへと向かう。
#NEXT


music bgm_alice

「ところで、アリスって料理できるのか？」

「あんまりしたことない……けど、これだったら大丈夫だ
　ろうって、天枷さんが」

　アリスが持っていたメモを見ながら材料を並べていく。
#NEXT

「じゃがいも、人参、玉葱、お肉……か」

　同じく料理には疎い純一でもわかる、お馴染みのカレー
の具材達。

「なるほど、確かにカレーなら大きな失敗はしないな」
#NEXT

　多少材料の切り方がヘタでもそれらしく出来るし、味付
けなどの繊細な工程も市販のルーを使えば万人に受ける味
になる。

　そんなカレーをマズく作れるのはどっかの誰かぐらいな
ものだ。

「よし、じゃあパパっと下ごしらえをやっちまおうか」

「…………」
#NEXT

「アリス？」

　アリスは包丁を持ったまま、まな板にのせた人参を凝視
している。

　それから、力を込めながらゆっくりと人参に刃を入れて
いく。
#NEXT

「ん……」

　――トン

「しょ……」

　――トン、トン

　分厚い人参の輪切りが３つ生成される。
#NEXT

「あ、アリス！　切り方違う。でもって、その左手は危ね
　えって！」

　純一が慌ててアリスの右手を掴む。

「え……？」

　きょとんとした顔でアリスが見上げる。
#NEXT

「ったく、しょうがないな。俺は料理は上手いとは言えな
　いが、具材を切るのは得意なんだ。一つ指南してやろう」

　アリスから包丁を受け取ると、純一はまな板に向かう。

「いいか、包丁ってのはそんなに強く握ったりする必要は
　ない。断つって言うより刃を当てながら押したり引いた
　りした方が簡単に切れる」
#NEXT

「そう……、なんだ」

「左手は勿論具材を押さえるんだけど、さっきみたいに平
　手じゃなくて、グーとパーの中間、『猫の手』ってやつ
　だ。そうしないとケガしやすいからな」

　こくこくとアリスが頷く。
#NEXT

「で、切り方だけど、包丁はそのまま真っすぐで、人参を
　斜めにしてやる。あとは刃を入れる毎に人参を転がしな
　がら切る」

　――トントン

「こんな感じだ。一緒にやってみよう」

　そう言って、純一はアリスの背中から自分の左右の手を
それぞれアリスの左右の手に重ねる。
#NEXT

「っ！　……はい、先輩」

　――トン、トン

　多少ぎこちないが、さっきよりは随分マシになった。

「うん、上手いじゃないか」

　アリスの顔をみるとかなり真っ赤だ。
#NEXT

「アリス、どうした？」

「せ、先輩……その、息が当たって、くすぐったい」

　もぞもぞとアリスが体を揺らす。
#NEXT

「それに、なんだか後ろから抱き付かれてるみたいで……
　恥ずかしい」

「あ……、わ、わりい」

　アリスが包丁を持っているのでゆっくりとアリスから離
れる。
#NEXT

「ううん、いいの。恥ずかしいけど、嬉しかった……」

「そ、そうか？　じゃ、残りもやっちまおう。皮むきは俺
　がやるからさ」

「はい、先輩」

　ふたりはそれから共同作業で下ごしらえをこなしていく。
#NEXT

　そして、これから具材を鍋に投入というところで玄関の
ベルが鳴る。

「ん？　瀬場さんにしては早過ぎるし、誰だろう？」
#NEXT

　アリスをキッチンに残して玄関を開けると、そこには衣
装袋を３つ肩に掛け、オマケに中身の詰まったボストンバッ
グをぶら下げた杉並が立っていた。

「杉並？　おまえ、いつの間に外出てたんだよ」

「それはヒミツだ。それより、これを頼むぞ」

　杉並は純一に衣装袋を押し付けると、スタスタと廊下を
行こうとする。
#NEXT

「？　これなんだよ？」

「今は忙しい。そうさな、我々のミッションに必要なもの、
　とだけ言っておこう」

　杉並は顔だけこちらに向けて言うと、ボストンバッグの
中身をガチャガチャといわせながらまたしても屋敷の奥へ
と消えていった。
#NEXT

「お、おい！」

　追いかけようとした純一だが――

「きゃ！　せ、先輩ー！」
#NEXT

　キッチンから聞こえてくるアリスの苦戦する声に断念さ
せられる。

「おう、今行く！」

　純一は急いでアリスのいるキッチンへと戻った。
#NEXT

「ふう……」

　料理も一段落し、純一とアリスが休憩していると、こち
らもひと仕事終えたといった様子の杉並が現れる。

「あ、杉並！　これは何なんだよ？　ミッションに必要っ
　て言ってたけど」
#NEXT

　とりあえず外套掛けに掛けておいた衣装袋を指差す。

「ん？　これか。これは『奉仕のココロ』だ！」

　杉並は仰々しい動作で衣装袋を開封する。
#NEXT

　中から２着の執事服と、それから女中服――いわゆるメ
イド服が出てきた。

「な、なんだこれ？！」

「人に奉仕する時、まずはその心を体現すべし、というこ
　とだ」
#NEXT

　驚く純一をよそに、隣にいるアリスは何故か瞳を輝かせ
ている。

「私、丁度こういうの欲しかったんです。ありがとう、杉
　並先輩」

「アリス……？」

　まさか、アリスにそんな趣味があったとは……。

　まぁ嫌いではないけど。
#NEXT

「礼には及ばん。月城嬢なら完璧に着こなせると思ってな！」

　かっかと杉並が笑う。

「では、早速着替えようではないか。セバスチャンも、じ
　きに帰ってくるだろうからな」
#NEXT

　それから何故か全員サイズがぴったりな――杉並曰く
「ジョニーが一晩と少しでやってくれた」という執事服・
メイド服に着替えて、万全の体制で瀬場さんを待つこと
にする。
#NEXT

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　３人が玄関に並んだところで、丁度瀬場さんが玄関を開
ける。

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「お帰りなさいませ、ご主人様」

　アリスが恭しく頭を下げる。

　後ろに控える、純一と杉並もそれに倣う。
#NEXT

「こ、これは一体どういうことでございましょうか？」

　瀬場さんはおろおろと頭を下げる３人を見る。

「夕飯のお支度が整っております。こちらへどうぞ、
　セバスチャン」

　杉並が奥を勧めながら軽くウインクする。
#NEXT

「！　わかりました……」

　杉並の目配せで何かを察した瀬場さんは杉並の後に続く。

　そして、食堂に瀬場さんを案内する。

　テーブルの上にはスプーンと水の入ったコップ、そして
少し不格好なサラダボウルが並ぶ。
#NEXT

「お待たせしました、ご主人様」

　アリスがカレーをお盆に載せてやってくる。

「それではご主人様、召し上がる前に美味しくなるオマジ
　ナイをいたしますね」
#NEXT

　カレーをテーブルに置いたアリスは、両手で小さなハー
トを作るとそのまま腕で大きく円を描く。

「おいしくなーれ、きゅんきゅんきゅん♪」

　そして終いに可愛くウインクする。

「な、なんと面妖な！」
#NEXT

　瀬場さんの口があんぐりと開く。

「な、なんだあれっ？！」

　後ろに控えていた純一も反射的に隣にいる杉並を小突く。

「さぁな。大方、趣向としてのメイドさんの知識を何処か
　らか仕入れてしまったのだろう」
#NEXT

「まさか、昨日買った本か……」

　純一は額に手を当てる。

「美味しくなりましたよ♪　ご主人様」

「は、はい。では、頂きましょうか」

　瀬場さんがスプーンを手に取る。
#NEXT

「これは、お嬢様が？」

「はい、ご主人様の為に心をこめて作りました。先輩にも
　手伝ってもらいました……けど」

「そうですか、そうですか……」

　瀬場さんはしみじみといった様子で頷くと、カレーを口
に運ぶ。
#NEXT

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「どうですか？　ご主人様」

　心配そうにアリスが瀬場さんを見つめる。

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「……おいしゅう、ございます。お嬢様……」

「ほんと？」

　アリスの顔がぱっと明るくなる。
#NEXT

「はい。いけませんなぁ……。この瀬場、あまりの美味し
　さに目の前が滲んでまいりました……」

　瀬場さんはそっと左手で目頭を押さえる。
#NEXT

「よかった……。今日はお手伝いするって言ったのに瀬場
　さんにやってもらってばっかりで、お料理までダメだっ
　たらどうしようかと思ってたの」

「何をおっしゃいます。私はお嬢様のお世話をするのが生
　きがいなのでございます。それに――」

　瀬場さんがまた一口、カレーを頬張る。
#NEXT

「今日の出来でしたら、すぐに立派なお嫁さんになれます
　とも」

　それは少し寂しいですが、と瀬場さんは笑う。

「瀬場さん……」
#NEXT

　アリスがすっと姿勢を正す。

「毎日私のお世話をしてくれてありがとう。それから……
　これからもよろしくお願いしますね」

「はい、勿論でございます、お嬢様」
#NEXT

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　その後、瀬場さんは一口毎に涙をちょちょぎらせながら
食べ進む。

「良い光景じゃないか。セバスチャンの為に来た甲斐があっ
　たというものだ」

「そうだな……って、おまえは何かしたのかよ？」
#NEXT

「ふっ……、それは一般人に言えることではない。セバス
　チャンと俺の安全に関わることだからな」

「さようか……」
#NEXT

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　杉並との会話を諦めたところで綺麗に完食された食器を
お盆に載せたアリスが嬉しそうにやって来る。

「よかったな、アリス」

「はい、先輩のおかげです」

「そんなことはないさ。でもまぁ、うまくいってよかった」
#NEXT

　安心したところで、気の緩んだ純一のお腹がぐう……、
と粗相をする。

「朝倉……」

「先輩……」
#NEXT

　両脇からメイドと執事のじとーっとした視線が刺さる。

「しょ、しょうがないだろ！　夕飯、まだなんだから」

　それを聞いた瀬場さんがゆっくりと立ち上がる。
#NEXT

「朝倉様、それからお嬢様、杉並様も、ご夕食になさいま
　せんか？　ご用意致します」

「わ、悪いですよ。それに今日、瀬場さんは……」

　瀬場さんは嬉しそうに首を振る。

「私は十二分にもてなしていただきました。それに、こう
　しておりませんと落ち着きませんので」
#NEXT

　それから、あっという間にテーブルに３人分のカレーと
サラダが並ぶ。

　まさしく、洗練されたプロの技。

「それでは皆様、ごゆっくりとお召がりください。カレー
　はお嬢様が沢山作っていらしたようなので御代りもござ
　います」
#NEXT

「うむ。では、さっそく月城嬢の腕前を堪能させてもらお
　う」

「そうだな」

　純一はカレーを一口、口に運ぶ。

「うん、美味い！」
#NEXT

「ふふっ、ありがとうございます、先輩」

　メイド服のアリスが嬉しそうに微笑む。

　カレーの味は、アリスの笑顔と同じぐらいに、甘くて、
そして幸せな味だった。

　――Ｆｉｎ
#NEXT

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